■氏 名(本籍)

渡辺 真理(福岡県)わたなべ まり

■学位の種類

博士(文学)

■学位記の番号

甲第11号

■学位授与年月日

平成18315

■学位授与の要件

学位規則第4条第1項該当

■学位論文の題目

『国性爺合戦』研究 

■論文審査委員

主査 佐藤恒雄  
副査 佐々木亨(徳島文理大学) ・ 金田文雄 ・ 森斌


             

 

●論文内容の要旨

 

 

近松門左衛門の時代浄瑠璃『国性爺合戦』は、足掛け三年、十七ケ月という超ロングランを記録した最高傑作である。その大成功を収めた理由については、従来、さまざまな観点から論じられてきた。その中に趣向やナショナリズムといった観点からの評価があるが、これらは定義が 曖昧なまま論じられており、それでは客観的な正しい評価ができないと考える。そこで、まず、これらのことばの定義を明確にした上で、『国性爺合戦』の大成功の理由について考察した。また、本曲は原拠研究なども多くなされており、近松が本曲を手掛けるにあたって影響を与えたとされる『明清闘記』との関連性に着目し、作者近松の視点について考察を試みた。さらには最高傑作と賞される作品の独創性についても言及している。
 第一章では、近松の時代浄瑠璃全作品を通しての『国性爺合戦』の位置付けを<主人公像>という観点から他作品との相違を明確にし、その独創性を明らかにした。本曲以外の他作品は、主人公が武家社会などに生きる者が多い。しかし、本曲の主人公国性爺(和藤内)は一漁夫に過ぎず、その観客と近い身分にある彼が途轍もない「野望」を抱き、見事に成し遂げるというストーリー展開の中では、近松自身のこれまでの作品には決して登場することのなかった新しい主人公像であると言える。また、主人公と敵対する者は主人公と同等の身分の者たちが多く、常日頃から抱いている感情から対立関係が発しているため、それは国性爺が抱いた「野望」に対し、「素望」だと言える。一方、 『国性爺合戦』では、一漁夫が海を渡り、大明韃靼を平定するという、壮大なスケールを主人公自身に内在させており、さらには主人公が「知」「勇」を兼ね備えて、虎退治や韃靼人を日本人化するなど痛快かつユーモラスな面も窺え、絶対的英雄としての同性爺が描かれている。
 第二章では、<趣向>という観点から考察を試みた。これまでは趣向という定義を明らかにしないまま論じられてきたため、はじめに趣向の定義を明確にした。趣向とは、「場面(状況)と素材(要素、すなわち場面を構成するための表現手段)とが有機的に結び付いて一つの<見どころ聞きどころ>を形成するもの」と定義付け、本曲の趣向について考察した。まず、趣向を定義に基づいて体系化し、〔A〕 〜 〔E〕の五つのグループに分類した。ダイナミックな超人的要素を持ち、作品の時代的ロマン性を支える重要な〔A〕グループ、荒唐無稽にも思われるが、日常の忠義、義理、人情などから発した悲劇を支柱とし、リアリティーを持たせた〔B〕グループ、一 場面を盛り上げ演劇として面白くし、いかにもストーリーの展開に関わりがあるものとして小道具を用いる〔C〕グループ、太夫の語り口や音曲に重きを置いた〔D〕グループ、そして、ストーリーにあまり影響を与えない比較的小さい趣向ではあるが、場面を明示したり、登場人物の言動を強調したりするなど脇役として欠かせない〔E〕グループ、として論じた。また、本曲においては、先行作品に既に見られている趣向には新たな意趣を生み出してその興趣を発展させたり、また、〔A〕 〜 〔E〕の特色を活かし、多種多様な趣向を駆使して作品の興趣を盛り上げたりしている点に『国性爺合戦』の成功の理由の一つを見出すことができるとした。
 第三章では、<ナショナリズム>の観点から考察を試みた。趣向論同様、その意味を明確にされることなく論じられてきたため、中には本曲が上演された正徳五年当時の時代背景を考慮していないものもある。そこで、ナショナリズムの定義付けを行い、それに基づいて考察していった。ナショナリズムには、外に向かう「侵略」的なものと内から起こる「国民運動」的なものがある。本曲は結果として、観客に<日本><日本人>ということに対しての再確認、再認識を促すものとなり、後者の意味に属すると考えられ、よって、観客を<日本人>として奮い立たせた点に本曲の独創性が窺えると言える。また、近松が本曲を手掛けるにあたって影響を与えたとされる『明清闘記』との関連性については、本曲中に『明清闘記』との共通点が数多くあり、それらは本曲が『明清闘記』を踏襲したものと思われる。一方、相違点もあり、これらは近松が意図的に改変したものと考えられる。『国性爺合戦』が『明清闘記』を介したことは、日本人の世界観を改めさせる結果に及び、この点にも本曲の独創性を求めることができ、大成功の理由が窺える。
 そして、何より忘れてはならないことは、この『国性爺合戦』という作品が、筑後掾亡き後、存亡の危機に立たされた竹本座を近松と竹田出雲、政太夫らが尽力し、この危機的状況を救ったという、非常に意義 深い作品であるということである。