■氏 名(本籍)

谷岡 知美(広島県)たにおか ともみ

■学位の種類

博士(文学)

■学位記の番号

甲第18

■学位授与年月日

平成20314

■学位授与の要件

学位規則第4条第1項該当

■学位論文の題目

ビート詩人ギンズバーグ

■論文審査委員

主査 吉田幸子  
副査 米倉綽 ・ 森あおい ・ 児玉実英
(同志社女子大学名誉教授)

 

 

●論文内容の要旨

 

 

アレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg, 1926-97)は、アメリカ文学史上1950年代におこった、「ビート世代」(the Beat Generation, the Beats)の作家として有名である。また同時に、社会的活動や、政治的な運動、私生活のできる限りの暴露によって、現在文化的重要人物となりえている。同じく、彼が属す「ビート世代」や、「ビート」の解釈に関しても、多岐に渡る。本論文では、そういった多面性をもつギンズバーグと「ビート」の意味を考察し、彼の代表作である三大長編詩、「吠える」(Howl,1956)、「カディッシュ」(Kaddish, 1962)、『アメリカの没落』(The Fall of America, 1973)の、三作品を中心におき、彼の作品研究をおこなうことを目的とする。
 第一章では、「ビート」の持つ多様な意味と、「吠える」の作品意義を並行して捉えながら、「吠える」における冒頭の詩行に注目し、作品の意味する「狂気」とは何か、という主題の解明を試みる。その答えは第二部で中心的役割を果たす「モーラック」(Moloch)にあり、1950年代の「潤沢な社会」であったアメリカの裏に横たわっていた、「打ちのめされた」(beaten)人々を「吠える」をとおして描いた。さらに、それを描写する手段としてもちいた、「吠える」における「ヒップスター」(hipsters)の存在に着目する。「ヒップスター」を分析することで、「吠える」における、「狂気」と「正気」の逆転の図解が描かれていることを明らかにし、その逆説的アプローチが「吠える」の中枢を担っていることを論証する。そこでは、「打ちのめされた」という意味であった「ビート」は、「至福に輝いた」(beatific)という意味に変質するのである。最終的に、ギンズバーグが到達した「至福に輝いた」世界を、聖書の『エレミヤ書』と『哀歌』を比較することで、語り手の中の預言者的要素を考察する。その結果、「吠える」と批評家のバーコビッチ(Sacvan Bercovitch)が提唱した、「アメリカの嘆き」(the American jeremiad)の文学に見られる世界との類似性を指摘することで、ギンズバーグの作品における伝統的要素を検討する。
 続く第二章では、「カディッシュ」におけるエレジーとしての意義を論じる。まず、サックス(Peter M. Sacks)による、エレジー論を参考とし、喪失の経験と慰めの希求と死者の賛美である、「伝統的エレジー」からはずれる「カディッシュ」の要素を検証する。そこで、ジョアン・ラマザーニ(Jahan Ramazani)が定義した、「反エレジー的」(anti-elegiac)「モダン・エレジー」(modern elegy)の理論を新たに導入する。エレジーが捧げられた、ギンズバーグの母親であるネィオミ(Naomi Ginsberg, 1894-1956)をとおしてみられる語り手の中には、嘆きや悲しみ、慰めといった感情ではおさまることのない心情が暴露されていた。さらに、「カディッシュ」におけるネィオミ像を、西洋文化、文学における美の女神であるヴィーナス像と比較することによって、「カディッシュ」としての独自の悲歌を検討する。つまり、ギンズバーグは「伝統的エレジー」を解体し、「反エレジー」を創作した。さらに「反エレジー」をも解体したのであった。「解体」を「解体」するという観点から、論者はギンズバーグの作品におけるポスト・モダニズムの要素を引き出した。
 第三章では、長編詩『アメリカの没落』を論じる。本作品の第一部の標題にある、「渦」(Vortex)ということばに関連する、「渦巻派」(Vorticism)の思想を取り上げる。「渦巻派」とは、ウィンダム・ルイス(Wyndham Lewis, 1882-1957)とエズラ・パウンド(Ezra Pound, 1885-1972)が中心となって推奨した芸術運動であり、「渦」の中心に集中して存在するエネルギーに注目した一派である。作品には、語り手による全米の旅と、語り手の意識の旅があり、後者の旅にはヴェトナム戦争に対する反戦意識が投影されていた。語り手は、旅行中に目にした全米の風景、自分の意識、そしてマス・メディアといった、それぞれの断片を、「渦」のもつエネルギーで巧みに『アメリカの没落』を、「渦」の構造へと構築した。続いて、「ヴェトナム戦争批判」とは、全く異なった性質をもつ、『アメリカの没落』に描かれたアメリカの大自然の描写を考察する。語り手は、全米の旅をおこないながら、道中で見たアメリカの大自然を描写したが、『アメリカの没落』にみられる自然描写は、過去の詩人が描いたような、美しく、感傷的な自然ではなかった。そこには、「ヴェトナム戦争」という語り手の意識にある現実と、表裏一体の構造をなした緊張感のある自然が表出されている。また、語り手の哀愁をもったアメリカの自然描写に加え、『アメリカの没落』に創造された「渦」の構造、また「渦」のもつエネルギーを合わせて考えたとき、作品の標題が示唆するギンズバーグの預言が明白となる。
 最終章である第四章では、ギンズバーグの作品における詩形に焦点を当てる。まず、彼が詩作を始めてから、「吠える」に至るまでの詩形の変化を考察する。詩作を始めた当初は、彼の詩はどちらかといえば伝統的要素の強い詩形を有していたが、その後試行錯誤を繰り返す中で、彼の詩形は明白な変質を遂げていく。そしてついに、「吠える」を創作する際、それまでにはなかった「息」に詩人は気付くことになる。さらに、『アメリカの没落』では、ギンズバーグの「息」の詩形が変質し、いっそうエネルギーを加えられたものとなっていた。以上のように、ギンズバーグの三大長編詩である、「吠える」、「カディッシュ」、『アメリカの没落』を中心に彼の詩の世界を論じ、合わせて彼の詩形を分析することで、最終的に文学史における「ビート」詩人であるギンズバーグの詩の意義を再検討する。