■氏 名(本籍)

小林 泰秀(広島県)

■学位の種類

博士(文学)

■学位記の番号

乙第3号

■学位授与年月日

平成1731

■学位授与の要件

学位規則第4条第2項該当

■学位論文の題目

日英外来語の発音 

■論文審査委員

主査 須藤淳  
副査 児玉実英 ・ 河井迪男(広島大学)


             

 

●論文内容の要旨

 

 

本論文のタイトルは『日英外来語の発音』である。我々が言う外来語は日本語に取り入れられた外国の言葉であるが、英語圏に取り入れられた日本語も彼らにとっては外来語である。本論文は一方通行の借用語研究ではなく、日英両言語の間での言語交流によって現れる言語現象を捉えようとするものである。いわば、外来語と外行語の発音研究論文である。
 第1章と第2章は英語から日本語へ入った借用語の音体系を調べたものであり、第3章と第4章は日本語から英語へ入った借用語、つまり外行語の音体系を調べたものである。日英両言語間での借用語に見られる特徴を記述するのが本論文の目的である。本論文で特に着目する点は、二つの言語が入り混じって新しい借用語を形成する際に現れる言語現象が、両言語をどの程度反映するものであるのか、更には、そこにはどのような言語の普遍性、あるいは一般性が見られるのかである。外来語の発音が二つの言語の特徴を兼ね備えた中間言語的要素を持っているならば、そこには自ずから両言語の特徴とともに、言語に一般的に見られる現象が現れるはずである。
 第1章「外来語の促音」では、外来語への子音挿入、つまり促音化が起りやすい環境について述べている。英語のcup,net,kickkappu 「カップ」、 netto 「ネット」、 kikku 「キック」と子音を挿入して促音に発音するのは、英語のCVC音節を保持し、英語らしく聞かせるためである。
 促音化は、阻害音の後に同じ阻害音を付加するものである。阻害音は、呼気が口腔内において何らかの阻害を受ける音声であり、破裂音、破擦音、摩擦音の三つがある。bell「ベル」、 mirror「ミラー」、ham 「ハム」が「ベッル」、 mirror「ミッラー」、ham「ハッム」と発音されないのは、日本語の促音には共鳴音がないためである。本論文ではこの現象を言語の普遍的現象ととらえ、共鳴性の低い音ほど促音化が起りやすいと考える。従って、阻害音の中でも促音になる優先順位は、破裂音/p, t, k, d, g/>破擦音/ʧ, dʒ/>歯擦摩擦音/s, />非歯擦摩擦音//となる。摩擦音の中でも、摩擦性の少ない/½,ð ,h/は外来語の促音にならない。一方、staff 「スタッフ」、waffle 「ワッフル」の促音/f/や有声閉鎖音の促音は、元来標準日本語にはなかったものである。
 第2章「外来語の音体系」では、第1に、外来語の発音と日本語の発音の違いについて述べている。building fightを和語のカナ文字で発音すると「ビルヂング」、 「フアイト」になるが、外来語の発音は「ビルディング」、「ファイト」である。外来語の導入によって、日本語の音体系がくずれている。
 第2に、外来語への母音挿入の自然性について述べている。garage, beltにはgareeji 〔ガレージ〕,beruto 「ベルト」と三種類の母音が加えられている。日本語の音節は、基本的には-CV-で成り立っているので、英語の1音節語のnext/nεkst/nekusuto4音節になり、 script/skrɪpt/ sukuriputo5音節になる。日本語の音体系にするためには母音を挿入しなければならない。日本語には「ア、イ、ウ、工、オ」の五つの母音があるのだが、「ウ」が最も妥当である。日本語の「ウ」は英語よりも中舌の位置に近い母音/¡/であり、日本語の話者にとっては同じ高母音の「イ」よりも舌の移動、唇の変化が少なく、五つの母音の中では最も中立的であるので、挿入しやすい。church, judgeのように語末が硬口蓋破擦音であれば/i/が挿入される。これは/ ʧ//dʒ/と同じ調音点の硬口蓋母音/i/の挿入が調音上最も自然なためである。hit「ヒット」やbed「ベッド」のように歯茎破裂音/td/の次に/o/を挿入するのは、英語の発音を維持するためである。
 第3に、外来語の発音は、英語の発音が入力なのか、英語のスペリングが入力なのかについて述べている。 number/n¬mbər/ンバー」やcocktail/kakteІl/ クテル」のように英語の発音に対応する外来語と、 oven/¬vən/ -ブン」やІmІdʒ/ 「イメージ」のようにスペリングに対応している語がある。
 第2章では最後に、外来語のアクセントと英語のアクセントの違いを、日本語のアクセントと比較しながら述べている。先行研究では、外来語のアクセントは、後ろから三つ目のモーラを含む音節に付与されると言われている。本論文では音節構造によってアクセント付与がなされることを提案し、後ろから三つ目のモーラ ではなく語頭のモーラにアクセント核を付与する「セカンド」や「カ一ペット」も含め、後から二つ目の音節構造がアクセント付与に関与しているとする。第2章では、更に、母音の無声化、複合語のアクセントについて、日英両言語間の相違点、共通点に注目しながら議論している。結論として、複雑な日本語の発音規則に対して、外来語の無声化、アクセント付与は単純である。外来語は日本語の一部であるが、別の言語の様相を備えている。
 第3章「『研究社新英和大辞典』にある日本語の発音」では、英和辞典の中の日本語の発音について述べている。本章の目的は、日本語の語彙が英語の辞書の中ではどのように発音されているのかを調べることにあるが、外国語である日本語の発音が、英語の発音規則に従ったものであるのか、外国語独自の発音規則によるものなのか、発音に日本語の特徴が見られるのか、アメリカ英語とイギリス英語の発音の違いが日本語にどのように表れているのかが問題となる。
 日本語借用語の音節区分は、必ずしも言語のモーラ区分に従っていない。dai.mi.o 「大名」、 ju.jit.su 「柔術」、 sam.i.sen 「三味線」、 ya.yoi 「弥生」などは英語の音節区分に従っている。借用語のアクセントは、一見、英語の強勢規則に順じているように思われるが、そうではない。Ya.yói, pa.ch ín.ko 「パチンコ」のように、重音節に強勢を付与する規則は、英語の強勢付与規則と同じであるが、日本語借用語には、 Bun.rá.ku 「文楽」、 ki..no 「着物」のように、語末から2番目の広母音<a><o>に強勢を付与する規則がある。重音節や広母音にアクセントを移動するのは弘前方言のokugái「屋外」、suzurán「すずらん」、 asáhi 「朝日」、 inóchi 「命」にも見られる普遍的な現象である。アクセント付与の優先順位は、VV>VN>a,o>u>i,eである。
 ァクセントのある母音が、長母音あるいは二重母音に発音され、アクセントのない母音が短母音に発音され、更にアクセントのある母音でも子音群の前の母音が短母音に発音されるのは、英語の一般的な規則であるが、借用語に関しては、この原則がくずれる発音がある。/ka::ki/「歌舞伎」、/noª:ti/「ノグチ」、/ά:ku:ª/ 「赤銅」には、長母音であるにもかかわらず強勢のない音節がある。日本語は/CV/の開音節であるので、アクセントに関係なく母音をはっきりと発音している。日本語に対応した発音である。一方、/ kə:ki/, / ά rə:mi/ 「折り紙」は、原語の母音がはっきりしない。借用語の発音に一貫性が欠けているケースはよく見られるものである。これは日本語借用語への入力がスペリングであるためであり、発音に多様性が見られるのは当然である。
 第4章「The Oxford Dictionary of Pronunciation for Current Englishにある日本語の発音」では、英語圏で最近発行された辞典(ODP)で、過去の発音にとらわれない、現在用いられている語彙や発音を調べている。新しい辞典は、古い不使用の発音を削除し、実際使用されている発音を記載しているので、第3章で使用した古い辞典に比べて、一つの語に対する代替発音が少ない。
 第4章で用いられるODPは、米音と英音にかなりの違いが見られる。それがそのまま日本語借用語の発音に反映されている。米音の短母音が英音では長母音[i: , u: , ʔ:, a:]に発音され、更に二重母音[ɪtər)] 「下駄」、 [hɪərə:nə(r)] 「ひらがな」、 [ɪɪgªərəª] 「イシグロ」、[tεmpªərə(r)] 「てんぷら」に発音されるので、強勢のある母音がはっきり聞こえる。
 第3章でも第6版は強勢の位置が後から2番目の音節に移動しつつあると述べたが、第4章のODPでは、後から2番目の音節に強勢を付与する語が、断然多くなっている。ODPの特徴の一つとして、借用語にも英語の嵌入のrを記載していることが挙げられる。
 本論文の目的は、日英両言語の特徴が、どのように借用語に反映しているのか、そして借用語には言語の普遍性がどのような形で見られるかにある。