■氏 名(国籍)

李 春 美(韓国) り ちゅん み

■学位の種類

博士(文学)

■学位記の番号

乙第4

■学位授与年月日

平成19315

■学位授与の要件

学位規則第4条第2項該当

■学位論文の題目

1590年代におけるエリザベス女王の王位継承問題−シェイクスピアのイングランド歴史劇からの考察− 

■論文審査委員

主査 吉田幸子  
副査 杉本龍太郎(大阪女子大学) ・ 米倉綽 ・ 森あおい

 

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●論文内容の要旨

 

 

ウィリアム・シェイクスピアの死後1623年に、俳優仲間のジョン・ヘミングズとヘンリー・コンデルによって出版された最初の全集「第一・二つ折り版」のタイトルページは、喜劇と悲劇という原型的ジャンルに並び、イングランド歴史劇を一つの独立した新しいジャンルとして高らかに宣言した。しかしそれ以後のシェイクスピア批評史において、イングランド歴史劇は、アリストテレス以来の伝統的なジャンルに融合されていくことになる。
  1562年から1642年までのイングランドの歴史を扱った150のイングランド年代記劇のうち、およそ80近くの劇が1590年代初めに書かれたが、これは、年代記劇の人気が1588年のスペイン無敵艦隊撃破で頂点に達する愛国主義と国家的結束に関連していることを物語る。こうした国家的結束に貢献し、イングランド国民にナショナル・アイデンティティーを与えたとされるのが、ルネサンス期に登場する年代記であるという。しかし『悪魔は頓馬』(1616)に登場するフェビアン・フィッツドットレルの、「芝居の方が年代記より真正だから、歴史は芝居から学んだ」という台詞が端的に物語るように、歴史書を材原として制作上演された年代記劇こそが、年代記以上にわかりやすく歴史の真実を人々に示してきたことは間違いない。
 シェイクスピアのイングランド歴史劇もこうした年代記劇の隆盛の流れを汲むと思われるが、唯一『ヘンリー八世』を除いて、全てが1590年代に制作上演されている。そのため、シェイクスピアの歴史劇を産み出した要因は1590年代に在ると考えるのが妥当であろう。本論文は、1590年代のイングランドの政治・社会のコンテクストから、このような時期に集中して執筆上演されたシェイクスピアのイングランド歴史劇が、四十余年の長きにわたる女王の治世を振り返り、多層な階級から構成された観客の嗜好にかなう時代の一般的テーマ、すなわち、エリザベス女王の未定のままの王位継承問題を提供したことを論じた。
 論考は四部からなる構成をとる。第一部の「テューダー家の王位継承」では、テューダー家の王権請求に疑義を呈しかねないヨーク家の王権請求を扱うとともに、不穏な治世に悩むヘンリー四世の時代に反乱を繰り返すノーサンバランド公爵家の存在から、ランカスター家の王権主張の脆弱性を、国王ヘンリー四世の内面化された人格の考察から明らかにした。
 続く第二部の「外国からの王位請求者」では、『ヘンリー六世』劇に登場する恐るべき女性統治者ジャンヌ・ダルクを考察し、エリザベス女王がその治世全般を通じて苦悩の種としたスコットランド女王メアリー・ステュアートとの時事的対照を指摘している。さらには、宗教・政治的規範からの逸脱という点でジャンヌと通底するサー・ジョン・オールドカッスルことサー・ジョン・フォールスタッフとの比較対照から、ジャンヌに課せられた苛酷な退場の意義を明らかにした。
 第三部の「助言の困難さと反乱」では、助言の文化という同時代のコンテクストから、『リチャード三世』のロンドン市民に対するグロースター公リチャードの演技を考察し、エリザベス女王の臣下が感じていた女王への助言の困難さを三度にわたる結婚の請願の例から明らかにした。そして、国王が、王国の福利を思う臣下の助言に耳を傾けなかった場合に必死となる反乱を、『ジョン王』の例において考察を試みているが、おそらく、共和国時代の権利請願の原型となったマグナ・カルタへの注視を与えることになった『ジョン王』における反乱のテーマが進展して、おのずと『リチャード二世』の国王廃位のプロセスへとつながっていくことを示せたことだろう。
 第四部の「国王廃位を想像する力」では、王国の公的福利に反する国王を合法的に廃位するプロセスを明らかにした『リチャード二世』を考察した。宗教改革の普及に貢献した安価なパンフレットとともに、当時、舞台がマスメディアの機能を果たしたことを考慮に入れるならば、このようなプロセスを商業劇場において提供したシェイクスピアのイングランド歴史劇は、後に、国王チャールズ一世の処刑を容認する心性に無形の貢献をなしたに違いない。さらに、年老いた女性君主に対してエセックス伯ロバート・デヴァルーを対峙させる同時代の読みの可能性を探ることができるテクストとして、その多くが1590年代に執筆上演されたイングランド歴史劇の中で最後を飾る『ヘンリー五世』の考察を試みている。
 終章では、年老いた女王との対照からいやが上にも高まるエセックス伯への期待と、エリザベス女王の四十余年にわたる治世への批判を緩和する存在としてのコーラス役に着目し、あからさまな政権批判と取られないための自己検閲的機能を考える。おそらく、同時代の商業劇場がいかに政治的なものとバランスを保ちつつ、1590年代のトピックに関わっていたかを明らかにできるはずだ。
 エリザベス女王とその臣民にとって、女性君主であるが故に複雑となる王位継承問題は、女王の治世のほぼ全般を通じて常に重要な政治問題であった。シェイクスピアのイングランド歴史劇は、王国の福利のためを思う臣下が、個人的忠誠を尽くすべき女王への奉仕に限界を感じていたのではないかということを、助言をめぐる女王との関係から明らかにしているという点で、困難な時代を生き抜く臣下のための振る舞いの行動指針に役立つ政治的文書としての特質を有する。
 また、王国の福利に反する国王の廃位という可能性も探った政治劇としての側面も備えているという点で、シェイクスピアのイングランド歴史劇が、後の共和国制時代に実現した国王チャールズ一世の処刑を容認する心性を培った可能性も指摘できる。しかし、商業演劇に身をおくシェイクスピアは、こうした政治的テーマから危険性を取り去る卓越したバランス感覚を有していたことも間違いない。