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キャンパス万葉花
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日本語日本文学科

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日本語日本文学科教員の森 斌(あきら)教授による「キャンパス万葉花」
『万葉集』にある「花」を題材とした歌を、季節ごとに紹介しています。


No.20 あさがお(現在名キキョウ)「秋」


「朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけれ」
                              (十・二一○四)


●口語訳●
朝顔は朝露に濡れて花が咲くというが、夕方の光にこそ、さらに美しく咲くよ。


みずみずしく咲く朝顔を朝の露と夕べの光とで比較しているが、一日でもそれぞれ異なるキキョウの魅力を意識しているところが繊細である。 秋の七草は、万葉集の山上憶良歌(八・一五三八)が伝統になった。 そもそも七夕に供える花が起源であろう。 七草の最後に歌われているのが「あさがお」である。 美しく咲く花でありながら、氏名の知られるのは、憶良だけであり、他の作は無名である。

No.19 まめ「夏」


「道の辺のうまらの末(うれ)に延(は)ほ豆のからまる君を離れか行かむ」
                              (二十・四三五二)


●口語訳●
道端に生えている茨の枝先までまつわりつく豆のように、離れまいとする妻と別れてどうして出かけられるのか。


まめは、「まる(円)み」から出た言葉といわれる。 そして、この豆は防人が食料としていた大豆などではない、道端に生えていた野豆である。 野豆は女性の比喩である。 それがうまら(茨)に絡まっている如く、女性と別れがたい気持ちをうたっている。 この野豆も万葉集にのみ古代文学では登場している。 黄色の花もあるが、キャンパスではこの紫花が一般的な花色である。

No.18 うまら(現代名:のばら)「夏」


「道の辺の茨(うまら)に這(は)ほ豆のからまる君を別(はか)れか行かむ」
                              (二十・四三五二)


●口語訳●
道端に生えている茨の枝先までまつわりつく豆のように、離れまいとする妻と別れてどうして出かけられるのか。


万葉集には野ばらをうたった歌が一首に見られる。 防人という三年任期で任にあたった人物の作品である。 九州から郷里への帰還率半分以下であったとする説もあるが、千葉県から徴用された防人の歌である。 愛別離苦という言葉があるが、君を若い女性と考える。その妻との別離を、野生の豆がまつわりつく野ばらに姿態として重ねている。 再び会えないかもしれないという切実な思いが表白されている。

No.17 桃 「春」


「春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子」
                              (十九・四一三九)


●口語訳●
春の庭に紅の桃の花が輝く。その照らす道下に出で立つ少女です。


歌は大伴家持が作りました。正倉院蔵樹下美人を思い浮かべる一首です。 三月末から花桃が街路樹として花を咲かせています。 白、ピンク、紅色と種類も多い。桃は、果物としても栽培されます。 岡山の桃園はピンクに染まります。万葉では「けもも」と呼ばれたりもします。 家持の歌は、紅と形容されました。キャンパスでは、唐桃の花が咲きます。

No.16 ワラビ 「春」

春の雑歌
志貴皇子の懽びの御歌一首
「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」
                                 (一四一八)


●口語訳●
岩を水がほとばしり流れる滝の近くにさ蕨が、若芽を出す春になりましたよ。


女学院のキャンパスは蕨の宝庫である。春菜の代表でもある。 さて、万葉集の植物として一首にのみであるが、大変著名なワラビをうたう志貴皇子歌がある。 季節の分類もされた巻八の巻頭を飾る。 ワラビは花とは言い難いが、なぜか早春を代表するお目出度いものとして賞美される。 それは、穂先がくるくる巻いていて永遠を象徴するワラビ文様と関わるからである。 早春であるから、恐らく写実よりも祝言に近い形で披露されたのであろう。 高位高官の人物にうたわれたところに、その植物の特異性もあって源氏物語にも早蕨(さわらび)として影響を与えた。 とりわけ下句がゆったりしていて万葉集の代表的な名歌とされた。

No.15 茜 「秋」

「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る」(二○)

●口語訳●
茜色をおびる紫草の野を行き、その御料地の野を行きながら、野の番人はあなたを見ていないでしょうか。 あなたが袖を振られています。


額田王が大海人皇子の妻であったときに十市皇女が誕生していた。 壬申の乱以前には、五月五日の薬狩りであろうか、二十番歌をうたう額田王には余裕もあった。 壬申の乱で娘の夫大友皇子は、嘗ての夫天武天皇(大海人)によって攻め滅ぼされている。

万葉集が近代で評価されたのは、正岡子規に負う。 いわゆる写生ということであるが、写生歌人は熱心に「雑草」といわないで、 どのひとつにもそれぞれ植物名があり、それを知られなくては歌が詠めない、と自戒していた。 一般的に雑草でしかない茜も。道ばたでけなげに小さな白い花を咲かせるのが九月である。

No.14 萵苣 「夏」

「……ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の児(こ)と……」
(十八・四一○六)


●口語訳●
ちさの花(えごの木の花)の盛りに、いとしい奥さんと


今も昔も国家公務員が地方勤務で羽目を外してしまい、京に居た妻が越中(富山県)まで突然訪れた。その部下をたしなめる大伴家持知事の歌である。

五月に白い可憐な花をキャンパスで見かける。実は、しびれさせる有毒なものであるので、河魚を捕るときに用いた。

No.13 馬酔木 「春」

「三諸は 人の守る山 本辺には あしび花咲き 末辺には 椿花咲く うらぐはし 山そ 泣く子守る山」 (十三・三二二二)

●口語訳●
神の住む山は 人が大事にする山。里の方ではアセビが花咲き、頂きの方では椿が咲く。心惹かれる山は泣く子を慈しむごとく人が守る山である。


2010年は、平城遷都千三百年記念の年です。奈良といえば、シカがいます。植物で目立つ春の風物では、馬酔木(アセビ)です。万葉では「あしび」と呼びます。毒があって、シカが食べなかったので目立つほど繁茂しました。案外立春を過ぎてから二ヶ月ほど咲いていて、意外な月に白、或いはピンクのつぼみをよく見かけます。

わたしが最も好ましいと考えている長歌を紹介します。この風物は、女学院山でも一致します。

No.12 女郎花 「秋」

「秋の田の穂向き見がてり我が背子がふさ手折り来るをみなへしかも」 (十七・三九四二)

●口語訳●
秋の田の稲穂を見回り、あなたがどっさり手折ったのですね。 この女郎花は。


オミナエシは、万葉秋の七草に憶良が加えているが、その表記は、多面的である。 「をみな善し」という語感もあってか、「女郎花」「佳人部為」「美人部師」「娘子部四」「娘部志」「姫部思」などとも記されて、いかにも可憐な雅花である。 ここでの女郎花はあきらかに京師と鄙越中(富山県)との対比が含まれる。

稲の生育を調査するという仕事と対照的な雅な名称を持つオミナエシの贈り物は、新任で二十九歳の家持をほっとさせたであろう。
部下である大伴池主の土産に感激して守大伴家持が越中を意識して挨拶の歌にした。

No.11 忘草 「夏」

「わすれぐさわが紐につく香具山のふりにし里を忘れむがため」
(三三四)


●口語訳●
私は忘れ草を下紐につける。香具山の懐かしい古京を忘れるために。


万葉集にわすれぐさを詠んだ歌は数首がある。大伴旅人は還暦を過ぎてから大宰府に赴任した。程なく最愛の妻と死別したのであるが、望郷の思いを込めてうたった一首がある。

万葉のわすれぐさは、ヤブカンゾウと言われる。恋焦がれる気持ちを忘れるために下紐につけるとうたう歌もある。万葉の恋忘草がこの花の根本にあった。旅人は、妻をひとときですら忘れられないのである。

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