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イギリスのマンチェスターで実施される国際教養学科の「海外英語教育インターンシップ」。(※2018年度開設される国際英語学科「海外研修Ⅱ」に引き継がれます。)

この研修では、1か月に渡りホームステイをしながら語学学校で英語を学び、現地の小・中学生に英語で日本語・日本文化を教える経験をします。

研修の様子を4回シリーズで紹介します。2回目は、語学学校やマンチェスターでの街歩きの様子です。

語学学校

マンチェスターの滞在中、2週間ほどマンチェスター・アカデミー・ オブ・イングリッシュという語学学校に通いました。

初登校は8月21日、この週からの受講者は私達を含め5人でした。初日は学校説明やクラス分けテストを受け、午後は発音の授業や校内ツアーがありました。

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翌日から通常授業がスタート。午前中は文法の授業、動画を用いてのリスニングの授業、午後は自己紹介や教育といったトピックでの会話練習という時間割でした。空き時間には、クラスメイトとの会話やランチを楽しみました。

毎週金曜日の放課後はお別れの人のための会が催されており、私達も2週間の学びを終えた時には、チョコレートと修了書を頂き、同じクラスだった人達と写真を撮ってお別れをしました。

修了後も残りの滞在中に質問に伺うと丁寧に対応してくださり、とても嬉しく感じました。

中原

語学学校の放課後、街歩き

語学学校が市内の中心部にあったので、時間を有効に使い、放課後はマンチェスターの街中を散策しました。プロサッカーチーム、マンチェスターユナイテッドの本拠地で、国立のフットボールミュージアムもあり、サッカーの街であることを感じられました。滞在中にサマーバンクホリデイという祝日があり、フェスティバルも見ることができました。

マンチェスターで有名な「パブ」は、歴史を感じる建物が印象的で、たくさんのお客さんで賑わっていました。

マンチェスターパブ.jpg

こちらは街のシンボル、マンチェスター市庁舎です。

マンチェスター市庁舎.jpg

マンチェスター図書館は円形状の建物で、中心には自主学習ができる机が広がっていて多くの人が勉強をしていました。中には、音楽の勉強ができるようにピアノがあったり、映画を鑑賞できるコーナーがあったりと、広い空間や最新の機器を使って、学びやすい環境が整っていました。

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Chetham's Liblaryという図書館にも行き、入ってみると街中とは思えない、厳粛な雰囲気と歴史を感じる本が並んでいました。

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その他にも、教会やアート・ギャラリー、チャイナタウンを訪れたり、ショッピングをしたり充実した時間を過ごしました。街のすべてが新鮮で、散策するだけでも貴重な時間でした。

田中

次回は、エクスカーションの様子を紹介します。

バックナンバー

研修レポート①~ホームステイ先での生活~

次の記事

研修レポート③~エクスカーション~

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2017年8月18日~9月21日、イギリスのマンチェスターで国際教養学科の「海外英語教育インターンシップ」が実施されました。(※2018年度開設される国際英語学科「海外研修Ⅱ」に引き継がれます。)

3年生の田中さん、2年生の中原さんが参加し、1か月に渡りホームステイをしながら語学学校で英語を学び、現地の小・中学生に英語で日本語・日本文化を教える経験をしました。

このフィールドワークは引率なしで、航空券や保険の手配もすべて学生が行います。人に頼らず自分でカスタマイズすることで、経験をより深く自分のチカラにすることができる研修です。

今年の研修の様子を「ホームステイ先での生活」「語学学校」「エクスカーション」「学校でのインターンシップ」の4回に分けてレポートします!

ホームステイ先での生活

私のステイ先は移民の家庭で、おばあさん、その息子さん家族が住んでいました。3人の子供たちもいて、毎日が明るい家庭でした。

マンチェスター市内から北に、バス1本で30分のところで、バス停も家の前にあり、とても便利でした。他の国の学生さんも滞在しており、一緒に英会話を楽しむことができました。夕食の時間には、ホストマザーのおいしい食事をいただきながら、一日の出来事を報告し会話を楽しみました。

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毎週日曜日には、親戚が集まり、パーティーを開いていました。時には誕生日パーティーもありました。その時はたくさんの子供たちが来るので、日本のお土産を渡すととても喜んでくれました。

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約4週間の滞在が終わり、いよいよお別れのとき、おばあさん、子ども達から一段とあついハグをしてもらいました。最後の最後まで見送ってくれ、とても嬉しかったです!

田中

私のステイ先はマンチェスターの南に位置しており、バスで45分程掛かる所にありました。日本で言うアパートように連なった家で、2階建でレンガ風の可愛らしい家でした。ホストファミリーはお母さんと成人の息子さん、そして黒猫が1匹いました。

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ステイ先近くの風景

ホストファミリーと会話をする機会は、残念ながらあまりなかったのですが、お出かけも含めて行動は基本自由だったので、近くの公園やバス停に行き、様々な人に声を掛けて会話を楽しみました。リスに遭遇することもありましたよ。

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街で出会った人々は国や年齢によって話し方やイントネーションなどまちまちで、その違いに気づくことができ、有意義な経験ができたと感じています。

中原

次回は、語学学校での授業や放課後のマンチェスター散策の様子について紹介します。

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研修レポート②~語学学校~

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今夏、アメリカ人の映像作家 カイル・ホイットニー氏が、映画"Under the Mushroom Clouds(仮題)"の撮影で来広されました。国際教養学科GSEメジャー4年生の中島さんが撮影に立ち会い、通訳をしました。

アメリカ人映像作家、被爆者の声を世界に!

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夏休みに、ホイットニー氏の通訳として、10名以上の被爆者にお会いしました。

「生死は紙一重だった。」「一生脳裏から離れない光景を見た。」「被爆証言をした夜は眠れない。」「今も悪夢で夜中に飛び起きてしまう。」

私達が何となく通り過ぎている町のあちこちに被爆者の悲しみの思い出が詰まっている事がわかりました。お会いした皆さんは、今も心と体の痛みに耐えながらも、生かされている事に感謝し、将来の目標に向かって今日も笑顔です。

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【Hiroko】

アメリカではホイットニー氏が被爆者の声を拾う事に批判もあり、同行予定だったスタッフも急きょ来日を取りやめました。猛暑の中、機材を一人で抱え「お会いできて嬉しいです。」満面の笑顔が印象的でした。

完成後、広島国際映画祭出品予定です。

国際教養学科GSEメジャー4年 中島美幸

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【被服廠にて, Military Supplies Factory】

Translating for hibakusha (atomic bomb survivors) was an eye-opening experience. I had the privilege of translating for Mr.Whitney, an American filmmaker working on a documentary, which allowed me to learn about the experience of hibakusha. Their stories of life and death inspired me to think deeply about their experience, and learn about how they are still suffering.

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For example, on the morning the A-bomb was dropped, the truck meant to take Iwao to the center of the city for work never came, so he survived. Despite his guilt, he still works to educate people about what happened.

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【Iwao, Hiroko(successor), Mr.Whitney and I, at okonomiyaki shop (owner of this shop were atomic bomb orphans)】

Kazuko was severely burned and lay motionless on the ground. She was mistakenly picked up by a truck that collected corpses after the bombing because they thought she was dead. Her life has not been easy, but I was impressed by her generosity and commitment to giving back to the community.

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【Kazuko and I】

And Lee's life was saved when he got off the tram one stop before the bomb hit, so he survived. In interviewing Lee I found that he has persisted despite discrimination against him for his past.

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【Lee and Mr.Whitney】

All of these stories show a slight difference that divided their fate between life and death. Meeting over ten hibakusha for this project completely changed the way I see hibakusha and Hiroshima city. Regardless of their harsh experience and old age, all of them were cheerful and energetic. They inspired me to see things differently, and understand the true experience of hibaksha and how active they are in society. Each part of the city we pass by is filled with hibakusha's traumatic memories, but I learned that their lives include so much more.

GSE 4th year, Miyuki Nakashima

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