広島女学院

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学校法人 広島女学院
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昔も、今も、これからも。受け継がれていく広島女学院の精神。

広島女学院の歩み

学校法人広島女学院 各設置校・同窓会

広島女学院からのお知らせ

広島女学院の歩み

学校法人 広島女学院の歴史をスライドショーでご紹介します。

  • 1886

    10月1日、米国サンフランシスコでキリスト教に入信した砂本貞吉が、米国南メソジスト監督教会の宣教師ランバス博士父子の協力を得て広島市西大工町に女子塾「広島女学会」を開く。

  • 1887

    2月、私立英和女学校(後の広島英和女学校)創立。10月にケンタッキー州出身のN.B.ゲーンスが来広。自ら裁縫と英語のクラスを作るとともに教鞭をとる。

  • 1890

    7月、広島英和女学校の校舎が上流川町二番地に移転。米国南メソジスト監督教会から資金を得て、長い工期を掛けた念願の校舎であったが、1年余りで火事により焼失。

  • 1892

    広島市西部にあった幼稚園等が廃止になることで幼稚園設立の要請を受けたことと、ゲーンス自身が幼児教育の重要性を理解していたことから、フレーベル主義教育を導入した広島英和女学校附属幼稚園を開設する。

  • 1896

    校主の西村静一郎とゲーンス校長が目指す総合学園となるべく、広島英和女学校から広島女学校への校名変更とともに、高等科の教育科・文科・理科への改組、裁縫専修科の設置を実施。

  • 1901

    幼稚園保姆養成科の体育実技として、マコーレーが当時の日本では知られていなかった「スキップ」を初めて導入した。その後、一斉に広島中にスキップが流行した。

  • 1903

    卒業生、生徒、学校関係者で同窓会組織にあたる「同心会」が結成される。当時の卒業生数は僅か70名程度だった。同窓会の発足は1920年で、今日では10万人に近い卒業生を輩出している。

  • 1926

    6月、日本の女学校では珍しい「広島女学校管弦楽団」が結成され広島の名物になる。学校でヴァイオリンを指導していた指揮者セルゲイ・パルチコフの教えのもと、定期的な演奏会を開催する。

  • 1932

    2月、「財団法人広島女学院」への校名変更と専門学校の設置等が認可された。従来の校章に代わり、信仰の盾にあやめを配し学院標語と学院名を入れた新しい学院章が制定される。

  • 1936

    10月、砂本貞吉が広島女学会を創立して50年、祝賀記念式典が実施される。記念事業としては50周年記念誌刊行のほか、ゲーンス名誉院長胸像除幕式を行った。

  • 1937

    5月、ヘレン・ケラー女史が来広。広島女学院に来学し講演し、聴衆に深い感銘を与える。歓迎の日傘と花束を贈った際のヘレン・ケラー女史の「ありがとう」の日本語に会場から拍手の嵐が湧いた。

  • 1938

    5月、広島女学会を開き、広島女学院の礎を築いた砂本貞吉が永眠する。東京本郷中央公会堂で行われた葬儀と同時刻に広島女学院講堂にて哀悼礼拝を行う。

  • 1944

    6月、戦争の激化と戦局の悪化の中、政府の決定により学徒の勤労動員が本格化。学院からの「報国隊」も航空工場等のそれぞれの動員先に出動し作業に取り組む。

  • 1945

    8月6日の原爆投下により、生徒・学生330名、教職員20名が犠牲となる。高等女学校、幼稚園、寄宿舎、専門学校の校舎はすべて一瞬のうちに倒壊し、焼失した。

  • 1946

    2月、旧海軍施設を再利用したバラックの仮校舎が牛田校地に完成し、授業を再開する。仮校舎はガラスも無く、下から風が吹き上げてくることから「吹き上げ御殿」と呼ばれた。

  • 1947

    3月に制定された「学校教育法」を受けて、広島女学院は高等女学校の生徒募集を廃止し、中学校から大学までの一貫経営を行うために上幟町校地に新制広島女学院中学校を設置。

  • 1948

    中学校に続き、新制広島女学院高等学校を設置した。専門学校跡地と新たに取得した周囲の土地に新校舎を建築。

  • 1949

    4月、新制大学、広島女学院大学(英文学部英文学科)として開学。いち早くアメリカ人教師を招聘し、英会話、英作文、音楽等の教育を行った。

  • 1950

    4月、実際的・専門的教育で実社会に役立つ人材の養成を目的とし、専門学校の家事科・被服科を基盤とした栄養士、教員養成を行う広島女学院大学短期大学部家政科を開学した。

  • 1951

    戦後の私立学校法の制定に伴い、私立学校は財団法人から学校法人に改組されることとなった。これを受けて8月に学校法人広島女学院となる。

  • 1953

    原爆7周年を期して、教職員、生徒・学生、原爆犠牲者(教職員18名、生徒ら306名)の遺族が献金し、牛田校地に原爆慰霊碑を建立し、5月に建碑式を挙行した。1991年には上幟町校地へ移設。毎夏8月6日に平和祈念式を行っている。

  • 1960

    日米修好通商100周年の功労米人顕彰式において、多くの米人功労者の中から特に秀でた298名が選ばれ、校母であるゲーンスが宗教教育関係功労者として表彰を受ける。

  • 1962

    戦争のために閉園していた幼稚園の再開に向け、1月に新園舎が落成。4月23日の校母ゲーンスの誕生日に先生の名が冠された「広島女学院ゲーンス幼稚園」の開園式を挙行。

  • 1966

    短期大学部家政科を、教員免許状が取得できる家政専攻と栄養士免許証が取得できる食物専攻の2コースにカリキュラムを編成するとともに、定員を80名から140名に増員。

  • 1967

    増加している進学者への門戸を開くために、英文学部を文学部に改組。英米文学科、日本文学科を開設し、日英の教育プログラムの交流と充実を図った。

  • 1970

    12月、学生部が教職員や学生間のコミュニケーションの場としてのキャンパス・ニュースを創刊。今日でも編集委員がキャンパス内外の読者に大学の情報を提供する広報物となっている。

  • 1972

    徒歩圏外からの入園希望者の増加に応えて、幼稚園の初代の園バス「白バス」運行開始。初代運転手は"奥のおじちゃん"として子どもたちの人気者に。

  • 1986

    創立100周年を迎える。10月に実施された記念式典に約5,000人が集まり、100周年のために編成された広島女学院弦楽オーケストラ120名と、広島女学院聖歌隊230名による演奏のもと、盛大に開催された。

  • 1988

    3月、大学キャンパス内に広島女学院歴史資料館を建築した。女子教育の歴史と変遷を知り、理解するのに役立つことを願い、10月から開館。

  • 1993

    短大家政科を4年制の広島女学院大学生活科学部に改組、昇格させる。実験・実習室や生活文化学科図書情報室、教員研究室などからなるソフィア館(生活科学部棟)を竣工。

  • 1994

    4月、地域に根付く園として開園した幼稚園であったが、園舎の老朽化に伴い、牛田キャンパス内グラウンド横に竣工。安全性や保護者交流のための場を念頭に置いた設計で作られる。

  • 1995

    4月、大学院言語文化研究科(修士課程)開設。日本言語文化専攻と英米言語文化専攻が設置された。また、大学院館であるロゴス館も作られ、より良い研究が行われる環境が整った。

  • 1997

    4月、大学院言語文化研究科(博士後期課程)開設。専門的研究者の育成の目的に加え、昼夜開講での社会人受け入れや男性の受け入れにより幅広い研究機会を提供。

  • 1998

    幼稚園園庭と隣接する大学キャンパスの雑木林が「ぼうけんのもり」と名付けられる。子ども・保護者・保育者・地域とともに整備を進め、自然観察会など自然教育の場としても活用される。

  • 1999

    4月、大学院人間生活学研究科(修士課程)開設。大学の生活科学部を基礎学部とし、生活文化専攻、生活科学専攻の2専攻が設置され、初年度は11名が入学。

  • 2001

    大学では初めての第1回クリスマスツリー点火音楽礼拝を実施。幼稚園児、学生代表、学長、院長の手によって点火された。以降は牛田キャンパスの楽しいクリスマス行事として定着。

  • 2006

    11月、原爆講座の開講や原爆被災誌『夏雲』等の編纂を通して、学院全体が熱心に平和教育に取り組んでいることが評価され、谷本清平和賞を受賞。原爆講座は2016年に50回目を迎える。

  • 2007

    卒業生の藤川浩子さんによる新しいデザインの制服(中学校・高等学校)を導入。中学は少しかわいらしく、高校はお姉さんらしいデザインに。制カバン、サブバッグも合わせて一新。

  • 2009

    12月、新しい高校校舎を竣工。中国山地のヒノキの香りと光のあふれる校舎で、電車通りに面したチャペル棟の西壁には校名と十字架が配置され、広島女学院らしい印象を与える。翌春4月より使用。

  • 2012

    大学文学部と生活科学部を、時代の変化に対応するために国際教養学部(国際教養学科)と人間生活学部(生活デザイン・建築学科、管理栄養学科、幼児教育心理学科)へ改組。

  • 2014

    高校が広島初、中四国九州私学初、SGH(スーパーグローバルハイスクール)に指定される。平和について考え、世界に発信、行動する人材育成の実績が評価され指定される。

  • 2016

    10月1日、創立130周年を迎える。

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