
| 2007年3月卒隊生 1名 | |
| メゾソプラノ:文学部日本語日本文学科 | 早いもので私ももう卒業です。思い起こせば4年前、入学式の日は雨の中、慣れないスーツで牛田の坂を必死に登りました。4年間登った坂です。月曜日の1コマ目は最悪でした。あの坂を必死に登って、人文館の6階まで駆け上がらなければならないので。何故駆け上がるのかって?それはいつもぎりぎりに登校するからですよ(ーー;) 私は1年生のときに一度クワイヤに入部しましたが、すぐにやめてしまいました。そのときのことはさておいておいて、三年のはじめに再入部をしたら、いきなり部長を任されてしまいました。そのころのクワイヤは部員がゼロで、休部状態でした。その状態を見て、何とかしなければ!と思った訳ではなく、「ピアノ弾く場が欲しいな。クワイヤのピアニストにさせてもらおう」と思っただけです。しかし、蓋を開けたらこんな状態で、宗教主任でもあり、顧問でもある中山先生から、部長になって欲しいと頼まれました。返事は軽い感じでしましたが、私の中では、やるからには今度こそ絶対辞めない、という覚悟が出来ていました。はじめは本当にきつかったです。コーチもまだいらしてなかったので、私が発声をして、曲の指導をして、大学への書類も提出して・・・。 あれから2年、何度も何度も辞めたいと思うことがありましたが、先輩や後輩の暖かさに触れて、もっとがんばろうと思うことが出来ました。私は練習では後輩をしごきまわすのですが、みんな文句も言わず、よく付いて来てくれたと思います。 卒業式の日、クワイヤが講堂の外で賛美歌を歌っているのを見て、私は号泣してしまいました。号泣できるほどの、実りあった大学生活にしてくれたクワイヤに対して、感謝の気持ちでいっぱいです。 これから社会に出るにあたって、不安だらけですが、私は、クワイヤに所属していたこと、広島女学院大学の卒業生であることを誇りに思います。 最後になりましたが、大学の先生方、職員の皆様、クワイヤアイリスの皆様、そして地域の皆様、未熟な私たちクワイヤを支えて、いつも見守ってくださって、本当にありがとうございました。
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| 2007年3月準隊員卒隊生 1名 |
4年間大学に通い、さらに研究したいことがあって大学院まで進んだのでさらに2年間…広島に引っ越してきてあっという間の6年間でした。桜が満開で空は快晴だったあの入学式の日、同じ女学院の卒業生である母方の祖母も連れて慣れない坂を登ったのを思い出します。高校生の時、美術の時間を選んだため、音楽の授業がなく、サークルで歌いたいと思って、クワイヤに入りました。2年生の終わりに隊長を引き継ぐことになって、まさか自分が練習以外の事に関して(この時は練習は指揮者が仕切っていた)仕切ることになろうとは思ってもみませんでした。学校行事や、日曜日には教会に歌いに行ったり、建築士過程を専攻していたこともあって、製図課題をしながら、個人的にはフラメンコも習いながら年末はメサイアの準備で、休みの日も学校に行ったり、時間のやりくりしなくちゃいけない時もあったけど、先輩や部員たちもみんな明るくて、あたたかくて何かあっても乗り切ることが出来て、今になっては良い思い出ばかりです。
3年生の終わりに、サークルが壊滅状態になりました。部員として残っていた先輩も4年生で、もう一人の同期のコも就職活動に忙しく、結局休部という形をとるしかありませんでした。結局復活しないまま大学院まで進みましたが、院に入ったばかりのころ、入部したいコがいると中山先生から連絡をもらい、引継ぎをして、復活した時は、廃部にしなくて本当によかったと思っています。その大変なときに部長になった桑ちゃん、お疲れ様!
最後になりましたが、こんな頼りない私を見守り、支えてくださった先生方、クワイヤの先輩方に心より感謝します。それから、新生クワイヤのみんな、チャペルのコンサートに賛助として出演できたこと、3年生の定期演奏会以来のクワイヤだけのコンサートで本当にうれしかった。本当にありがとう。
またメサイア関係とかで大学に行くことがあると思うので、そのときはおしゃべりとかできたらいいな☆ |
| ソプラノ:人間生活学研究科(大学院) ※現役はメゾソプラノ |

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