|
『竹むきが記』は、後醍醐天皇方に謀叛の疑いをかけられ斬罪に処された西園寺公宗の室日野名子の日記である。本論文は、従来あまり顧みられてはおらず看過されてきたといっても過言ではない『竹むきが記』に、改めて向き合い作者の心の深奧に迫ることをもって、その再評価を試みるものである。構成および内容は以下のとおりである。
序章「『竹むきが記』研究の課題」第一節「『竹むきが記』研究の諸問題」では、研究史を概括し、『竹むきが記』研究における課題を確認した。その上で、第二節「『竹むきが記』再評価の視座」では、『竹むきが記』の記述の記録性の強さが即ち作者の自己凝視の厳しさの不足とされ、文学性が希薄であるとされてきた従来の捉え方を見直すことが必要ではないかと考えた。その再評価のための視座として、記事の
取捨選択・表現様式・仏道修業への傾心の三点を設定した。
第一章「『竹むきが記』の構造」では、記事の取捨選択から、作者の『竹むきが記』を構成する意識を探った。まず第一節「『竹むきが記』の記事と史実」では、作者が基本的には記録的態度を保っていることを『竹むきが記』の記述から確認した。さらに作者の生きた時代に何が起こったかを知るため、『大日本史料』・『史料綜覧』などから史実一覧を作成した。史実一覧との対照から、
概ねその事柄の起こった日にちに従って記事が配列されているように見える『竹むきが記』の中に、史実との齟齬が存在することを明らかにした。それらの内、元弘元年暮の内侍所
御神楽の記事を中心とした章段(第二節)と北山第御幸の記事(第三節)とにおける齟齬を取り上げて、作者の意図的操作の可能性を探ってみた。その結果、前者では、作者が和歌を基にその記事の地の文を構築していくと同時に記事の配列の作業の上でも和歌の表現を利用していること、表面的には典侍として持明院統の皇統を言祝ぎながらその底流に己の公宗への思慕の情を潜ませていたのではないかということが推断できた。後者では、公宗斬罪以来初めての北山第御幸であった暦応四年の御幸始を暦応五年の御幸始の記事に取り込むことにより、西園寺家復興を象徴する晴の行事を当主となった一子実俊の元服後のことに
して、より祝意を強調したいという作者の意図的操作である可能性を指摘することができた。さらにこれ以外の齟齬の意味について第四節「『竹むきが記』の構成法」において検討し、これらの作業から、作者が己の情念や心意を優先させ、それに基づき記事の選択・配列に操作を施していることを明らかにした。
第二章「『竹むきが記』の表現様式の特質」では、『竹むきが記』に収載される和歌五九首(内、作者自詠の和歌は上巻一五首、下巻二〇首)を中心にして作者の表現様式が独自の文学性を有するものであると再評価した。第一節「作者の教養の基礎にあるもの」では、作者自詠の和歌について発想・表現の類似する参考歌を抽出する作業を行った結果、京極派歌壇のものが数多く挙げられた。同様に地の文における和歌的叙述にも京極派の影響を看取できることを指摘した。第二節「上巻における和歌のあり方と地の文の叙述」では主として上巻後半部の公宗との贈答歌群を分析した。上巻前半部でも作者は和歌の中に公宗への思慕の情を潜ませており、作者が公宗との関係に集中させる形で和歌を選んでいることが明らかとなった。それは、夫の死を表だって悲しむことができない作者のせめてもの公宗への鎮魂ではなかったかと考えた。第三節「下巻の和歌のあり方と地の文の叙述」では、上巻に比して多様な様相を呈している下巻の和歌について整理し、その過程の中で和歌と地
の文が融合的・補完的な関係を有していることを検証した。第四節「記録的叙述の特質と再評価の試み」では、前節までの作業の結果を踏まえた上で、表現を支える作者の真情について探り、記録的叙述の底流に己の心意を潜ませるという二重構造的な表現様式が即ち叙事を重ねていくことによ る叙情の表現であるというこの作品の叙述の特質を明らかにした。
第三章「『竹むきが記』における宗教観」では、下巻に至って初めて記されるようになる作者の道心について考究した。第一節「浄土教思想とそれへの懐疑」では、身辺の人々の死によって世の無常を痛感させられた作者が次第に仏道修
行を志すようになる軌跡を、浄土教思想との関係を中心に辿った。これを踏まえて第二節「『竹むきが記』作者の宗教への想念」では、まず作者が最終的に志した禅の修 行について、その師霊鷲寺の長老の法系を調査した。その上で宗教史家の禅宗史などを参考にしながら作者の宗教的想念について、『竹むきが記』の記述から考察した。また作者の仏教
教説の受容についても判明する限り原典にあたり、その態度を明らかにした。これらの作業から作者の到達した宗教的境地の具体相を追尋した。また、その過程において作者の道心の本質は、公宗誅殺後も一人生きていくことを選んだ作者が、「心の闇」を意識しながらも、なお
今生きている自分を捨てられない点にあることを論じた。
終章「『竹むきが記』の成立」では、総括として『竹むきが記』の成立過程を、作者の心理を手繰っていくことで想定した。第一節「『竹むきが記』の原点」では、まず『竹むきが記』の上巻と下巻との間にある中断期間に起こった公宗の斬罪事件の実相を、他史料から把握しようと努めた。さらに作者の性向なども鑑みて、公宗の斬罪事件とその結果変わってしまった己の存在意義、それと表裏の関係をなす己の晴れることのない「心の闇」が、『竹むきが記』の原点にあることを論じた。この点を踏まえて、第二節「『竹むきが記』の成立」では、具体的な執筆時期を推定することはせず、作者の意識が回想する事に向かっていった起点を、作者が一子実俊とともに北山第への還住を果たし、公宗事件以来絶えていた晴の北山第御幸を迎えた後であると考え、暦応五年の長講堂再訪を契機として、作者の回想が上巻へと
遡っていったと想定した。それとともに西園寺家の本邸である北山第が作者にとって特別な存在であったことを検証した。
|