■氏 名(本籍)

橋本 静(広島県)はしもと しずか

■学位の種類

博士(文学)

■学位記の番号

甲第14

■学位授与年月日

平成20314

■学位授与の要件

学位規則第4条第1項該当

■学位論文の題目

「夢応の鯉魚」研究

■論文審査委員

主査 金田文雄  
副査 佐藤恒雄 ・ 山本勝正 ・ 森田雅也(関西学院大学)

 

 

●論文内容の要旨

 

 

本論は、興義が開悟したか否かについての問題について、秋成の仏教観、鯉となった興義の視線や感性、悟達した他作品の主人公たちとの比較の三点から論考するものである。
  まず、一章は『雨月物語』を中心とした他の作品に見られる僧侶や仏教への態度を通して、秋成の仏教観・僧侶観を探り、「夢応の鯉魚」における「放生の功徳」の意義について考察した。これまでの研究では、一般的に「放生の功徳」は有効と見做されているが、興義が魚に変身するにあたって付随する〈食うなの禁〉は生の根源である食を得る行為を否定した余りに理不尽なものである。また、『雨月物語』『春雨物語』における僧侶の扱い、及び『胆大小心録』の記述を見ていくと、秋成は世俗的な仏教には強い反感と批判精神を持っていたことがわかる。世俗の需要に従う形で、形骸化した仏の教えによって口腹を満たそうとする僧侶の存在や、仏教の在り方というものを冷たい視線で見つめる秋成の姿勢は『雨月物語』は勿論、『春雨物語』などを著した晩年に至るまで貫かれており、諸作品の中で仏教に殉ずることで齎されるという善果や善報とやらがいかに矛盾に満ち、信じるに値しない荒唐無稽なものであるかという事を提示している。以上の点から生涯を通じて形骸化した仏教の在り方を肯定しなかった秋成が「夢応の鯉魚」だけは典拠「魚服記」と意味を同じくした「放生の功徳」として「金鯉の服」を設定していたとは考え難く、魚になることで人間の脅威を感じ、人間が仕掛ける釣り糸の為に生命維持のための根源的欲求とそれに伴う死の危険性との間で逍遥して苦しまねばならない立場に追いやられる設定を考えれば最早それは功徳とはいえない。この事から、興義が河伯から与えられた「金鯉の服」には報恩的な意味はなく、寧ろ後に興義自身が「愚かなる夢ごゝろ」と述懐するように、興義に自らの愚かさを悟らせる為の装置であったと考えるものである。
 続く二章では、興義の変身に設定された鯉との統一性、及び興義の視線の問題について考察した。興義の視線を本文に沿って追っていくと、途中から明らかに視線が分裂しており、鱠にされようとする場面においては、鯉として肉体の痛みを感じながら、鯉としては見える筈もない周囲の様子を第三者的な視点から具に捉えているということに気づく。この視線を仮に〈第三の視線〉と呼ぶが、これによって興義は鯉として死の体験をしながら、あさましくも魚の餌に喰らいついた挙句、仏弟子であることを盾に命乞いする姿を認識せざるを得なくなる。この体験が蘇生した興義に「魚の遊躍」を「愚かなる夢ごゝろ」として自省させたと考えられる。〈第三の視線〉は、興義の自己認識の甘さや思い上がりを強制的に認識させ、自省に導くものとして設定されているといえる。
 第三章では第二章の結果をもとに、「青頭巾」「樊噲」等の人間転機と僧侶の悟達をテーマに持つ作品と比較することで、興義の悟達の可能性について検討した。「青頭巾」と「樊噲」は、いずれも魔仏一如という同一の主題の下、人間転機と開悟が語られる作品であるが、興義が開悟したという仮定で論を展開する場合、こういった同一趣旨の作品だけでは開悟への条件を見出す根拠が弱くなってしまうという問題に突き当たる。そこで、この二作品に加えて解脱しきれず「あさましい」人間として生涯を過ごした僧侶を描く「二世の縁」を加え、開悟への条件を考察した。その結果、開悟に至るまでは次の4つの過程を必要としていることがわかった。
 ①本質として一途に物事を思いつめることが出来る人間であること。
 ②過去の自分を顧みて、自分自身を見つめられる契機を得られること。
 ③自らの「あさまし」さを自覚すること。
 ④悔悟、懺悔すること。
 そして、「二世の縁」主人公の場合、記憶自体が失われている為、②以降の段階に進めなくなったということもわかった。これらの条件を興義に当て嵌めてみると、興義は開悟に至る条件を満たしている。自らの心を言葉で飾って偽ることをやめ、自らのあさましさも受け止めて真実を語った時、興義はある種の悟りを得たと考えられる。だからこそ、表面上の緻密さだけを求めた「細妙」の技から、「湖に散せば、画ける魚紙繭を離れて水に遊戯す」るという人知を超えた「神妙」の域まで到達したのである。