国際教養学部 国際教養学科 ニュース

芸術文化フィールドワーク 現地レポート⑦(最終)
社会系

2017年度芸術文化フィールドワークでは、2週間かけて伊勢・熊野・高野山・明日香・奈良・京都をめぐります。
学生による研修レポートをお届けします。研修の最後の3日間は、宇治から奈良へと向かい、旅を締めくくります。

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9月14日
11日目。まず、JR奈良線で黄檗駅に行き、萬福寺に向かいました。黄檗山萬福寺は、江戸時代初期に中国から日本にやって来た、インゲン豆の名前にもなっている隠元禅師のお寺です。昨日まで見てきた相国寺・妙心寺・大徳寺などの禅宗の本山とは違った雰囲気で、中国風の建物や仏像がありました。

9月14日 万福寺-r.jpg

次に、宇治に移動し、平等院鳳凰堂に行きました。十円玉と見比べてみたり、建物の周りを一周して、普段は見ることのない横や後ろからの平等院を見たりすることができました。とても迫力があり綺麗でした。鳳凰堂内部の拝観では扉の絵や雲中供養菩薩像などの様々な話を聞くことができ勉強になりました。平等院ミュージアム鳳翔館にも行きました。雲中供養菩薩像の本物がとても近くで見ることができ、また後ろの磨りガラスに浮かぶシルエットなども見ることが出来てよかったです。

奈良では、遺跡発掘現場の見学をさせて頂きました。場所は奈良県立美術館のすぐ北側で、かつて広大な敷地を誇っていた興福寺の北のはずれに近いところだそうです。奈良県立橿原考古学研究所の研究員の山田隆文先生と宇野隆志先生が説明してくださって、最近まで県の施設が建っていたのを、取り壊し、今回調査して、新しく文化施設にするとのことです。

9月14日 奈良県立美術館北隣 発掘現場-r.jpg

その場所は50年前に建物を建てるにあたって発掘した時に、おそらく興福寺に供給していたであろう瓦と、瓦を焼く釜が見つかったそうです。瓦釜は4基あるそうで、遺構の中に入って間近に見学させて頂き、土が何層にもなっており、その土の色・質感・物質から様々なことを知ることが出来ると教えていただきました。

9月14日 奈良県立美術館北 発掘現場見学-r.jpg

日本は特に考古学の調査方法では細かい精度で記録するらしく、図面などに国土座標に基づいて、ミリ単位で位置を記して、とても丁寧に情報が書き込まれていました。

このような遺跡は、その場所に建物を建てる時に耐震の問題などで深く掘るため完全に無くなってしまうこともあると知り、もったいないと感じました。文化財の保存と現代人の利便性はなかなか相容れないこと、文化財を守ることの意義についてお話を聞くことができました。地中の遺跡が発掘とその後の建造物の基礎工事で失われてしまっても、その土地の記憶を記録することが大切なのだとのお話でした。文化財を少しでも後世に伝えていけたら良いと思いました。

3年 木村菜々子

9月15日
今日は、東大寺東塔院跡の発掘現場を見学させていただくため東大寺に向かいました。途中、東大寺南大門を通り、左右に大きな運慶・快慶の作で有名な巨大な仁王像がいて、凄く迫力がありました。

手向山神社参道入り口付近にある発掘調査の現場を見せて頂き、東大寺の境内史跡整備計画室長の南部裕樹先生にお話を伺いました。

9月15日 奈良東大寺 東塔院跡 発掘現場見学-r.jpg

この発掘調査は国と県と東大寺の3者が協力して行っているそうで、国からは奈良文化財研究所の神野恵先生と芝康次郎先生、県からは橿原考古学研究所の廣岡孝信先生がそれぞれ陶磁器や瓦など専門性の違いを活かして調査されていました。中央部分の高まりがある所が塔の跡地で、そこに立って見渡すと凄く広さがあるのが分かりました。奈良時代に建てられた後、焼けて鎌倉時代に再建され、奈良時代と鎌倉時代でそれぞれ、礎石の跡を見て柱何本だったのかを知ることができ、そのほか、発見された様々な物を研究して塔の構造が分かってくるというお話は、考古学は奥深い物があると感じました。瓦が沢山埋まっている所も見ましたが、瓦だというのがいまでも分かるぐらいちゃんと残っているのに驚きました。また発掘調査には忍耐力、集中力、色々な力が必要であるということを学びました。

9月15日 東大寺東塔院跡発掘現場-r.jpg

その後、午前中いっぱい、東大寺を見て回りました。大仏は間近で見るととても大きく迫力が凄かったです。大仏殿内にある大仏の鼻の大きさの柱の穴はくぐれるか不安でしたが、無事に通れました。行列していて、すぐ前には体格のいい、スペインからの旅行客が並んでいましたが、通りきった時には日本人、外国人が一致団結して、喝采が起こり、とても面白かったです。

9月15日 東大寺-r.jpg

次にお参りした手向山八幡宮は東大寺八幡宮と呼ばれていましたが、近代に入り、現在の名前になったそうです。三月堂は正しくは法華堂というお堂で、鎌倉時代の建物と天平時代の建物が接合されている、変わった建物で外から見ると建築の違いが分かりやすかったです。お水取りで有名な二月堂からの眺めも、奈良盆地を見晴らすことができ、きれいでした。

正倉院の建物の一般公開に行き、戒壇堂の四天王像も見てきました。東大寺ミュージアムは展示数は凄く多い訳ではないですが、鎮壇具のなかには1250年も昔の物なのにそんなに経っていないと思うぐらい一つ一つ形がしっかり残っているものがありました。

9月15日 正倉院-r.jpg

興福寺では阿修羅像の特別公開を見ました。日本美術史の授業で見た「びじゅチューン」の阿修羅像を思い出しました。

9月15日 興福寺東金堂 十二神将のポーズ-r.jpg

春日大社は鹿のお守りなど鹿に因んだものが沢山あって面白かったです。新薬師寺は盗まれて今も帰ってきていない仏像があったほか、十二神将像のポーズが、わたしたちが真似て集合写真を撮った興福寺東金堂のポーズと違っていて面白かったです。鏡神社は春日大社の神殿建て替えの時に移建された建物を間近に見ることができました。

最後になら仏像館は腕などが無い仏像や、足の一部だけ、手の一部だけを展示したところもあり、古いものが今まで残っていることに思いをはせると感慨深いものがありました。

3年 佐々井のぞみ

9月16日
今日は最終日にも関わらず、朝からあいにくの雨でした。
まず初めに海龍王寺に行きました。新大宮駅を降りて、雨の中、住宅街をしばらく歩くと、見落としそうなお寺の門がありました。この海龍王寺は、藤原不比等・光明皇后と深い関わりのある寺院です。かつての大伽藍の面影はありませんが、こじんまりとしてきれいなお寺でした。西金堂は奈良時代の建築で重要文化財に指定されていますが、そのなかには国宝の五重小塔が置かれています。

9月16日 奈良海龍王寺-r.jpg

次にすぐ隣の法華寺に行きました。ここも光明皇后ゆかりのお寺で、秘仏の本尊十一面観音菩薩像は皇后のお姿を写したものだと言われているそうです。今回は摸刻像でお参りしましたが、光背が蓮の葉やつぼみになっていて珍しいなと思いました。

そこから徒歩で平城宮跡を通りぬけました。朱雀門や、2010年の平城遷都1300年にあわせて復元された第1次大極殿を眺めながら、ぬかるんだ道を歩きました。

9月16日 平城宮跡 大極殿-r.jpg

昼食後、西ノ京に移動して、唐招提寺に着きました。日本に仏教を布教しに唐から来た鑑真和上のために建てられたお寺であり、律宗総本山です。

次に薬師寺に行きました。薬師寺は天武天皇が発願し、持統天皇に引き継がれ、藤原京に造営されたお寺ですが、平城遷都に伴い、平城京の南の現在地に移されたのだそうです。金堂の薬師三尊像と東院堂の聖観音菩薩像を見ました。国宝の東塔(三重塔)は現在修理中で覆い屋がかけられていて見ることができませんでした。

最後に、今回のフィールドワーク最後の見学先として、法隆寺に行きました。敷地も広く、とても見応えがありました。法隆寺は飛鳥時代の姿をいまに伝える世界最古の木造建築として広く知られています。西院伽藍では五重塔の初層にある維摩と文殊菩薩の対話や涅槃の場面を見て回り、金堂の仏像など見て回りました。そこから聖徳太子をお祀りした聖霊院をお参りし、大宝蔵院に行きました。展示室は新しくて立派で、どちらを見ても国宝だらけでした。百済観音像をお参りし、最後に夢殿に行きました。中宮寺はすでに拝観時間が終っていて見られませんでしたが、先生からここも法華寺と同じく尼門跡寺院なのだと説明を受け、奈良にも皇室ゆかりのお寺が多くあるのだと思いました。

9月16日 法隆寺夢殿-r.jpg

広島への帰路につきました。
これで今回のフィールドワークは終わりました。長いようで短い、そんな感じがしましたが、この経験が自分の糧になっていたらいいと思います。

2年 小山夏実

バックナンバー
芸術文化フィールドワーク 現地レポート⑥~京都
芸術文化フィールドワーク 現地レポート⑤~明日香
芸術文化フィールドワーク 現地レポート④~高野山
芸術文化フィールドワーク 現地レポート③~和歌山
芸術文化フィールドワーク 現地レポート②~熊野
芸術文化フィールドワーク 現地レポート①~伊勢

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