人文学部 日本文化学科 ニュース

サーロー節子さんの思いを語り継ぐ -木曜チャペルでの原爆詩群読-
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7月4日の木曜チャペルで、国語科授業実践研究Ⅱの受講生が、原爆詩を群読しました。今回で、5回目の取り組みになります。 今年は、なくなった一人ひとりに名前があり、かけがえのない大切ないのちだったことをテーマに詩を選び、一瞬にしてその人生を奪う、核兵器の非人道性を、今一度心に刻みたいと考えて詩を読みました。

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群読の最後には、サーロー節子さんが、昨秋の本学でのご講演で亡くなった学友一人ひとりの名前が記された横断幕を掲げてお話しされたことにふれました。そして、ICANがノーベル平和賞を受賞した際のサーローさんの演説の、「広島と長崎で非業の死を遂げたすべての人々の存在を感じていただきたいと思います」、「その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません」という言葉を引用しました。

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群読を聞いてくださったみなさんからいただいた感想を、いくつかご紹介します。

○原爆が落ちる前は、普段の私たちと同じ普通の朝を過ごしていたこと、一人ひとりに普通の朝があったことを忘れてはならないと思った。

○濃密な20分間だった。先輩の心に訴えかけるような群読が、8月6日の広島と9日の長崎の情景を目に浮かばせた。「名前のない名簿」の詩、「小さな骨」の詩で、私は泣きそうになった。これから夏が来る。8月になる前に、今一度、戦争や原爆について学び直したいと思う。 

○情景が頭に浮かび、8月6日の追体験をしているようで、とても恐ろしかった。なくなった人にも残された人にも、一人ひとりに心の底からの叫びがあったのだとわかった。私は今、8.6平和学習のスタッフをしており、準備に取り組んでいる。悲惨なあの日を思い出したり、考えたりするのは辛いが、目をそらしてはいけないことだと思う。

○私の祖父は被爆しており、何度も被爆体験を聞いていて、原爆の恐ろしさを理解しているつもりになっていましたが、今日、先輩方の原爆詩の群読を聴いて、あらためて原爆の悲惨さ、悲惨な経験の重みを実感することができました。先輩方の声が合わさったことによる重みや場面によって変わる音楽、背筋がゾクゾクするような恐怖を感じました。今日の体験を思い出し、8月6日には平和について思いを馳せたいと思います。

○サーロー節子さんの「一人ひとりには名前がありました」という言葉が印象的だった。すべての人間に一人ひとり名前があることを意識すると、簡単に戦争なんてできないのにと思った。                      

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