人文学部 日本文化学科 ニュース

神楽は、広島の大切な伝統文化です。 人文学入門の受講生は、神楽を題材としたテレビドラマを鑑賞し、これをふまえて地域の伝統文化の継承について考え、ミニレポートにまとめました。記された言葉の一端をご紹介します。

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「神楽は踊るのではなく舞うの! 『舞う』というのは、飛び跳ねるのではなく、しっかり地に足をつけることを言うの!」-私はそのことを知って、「踊る」と「舞う」の違いを辞書で調べた。「踊る」は手と足をあげて跳ねることをいい、「舞う」は回ることを言うそうだ。神楽にはよく、高速でアクティブに回転する場面がある。だから神楽は「舞う」なのである。

神楽の本質にせまる手がかりとして捉えられた「踊る」と「舞う」の違い。それを調べ探究することで神楽という伝統文化の理解が深まっていきます。

授業が終わり、祖母に神楽を知っているかと聞いてみた。そこで初めて知ったのだが、今は亡き祖母の叔父が神楽をしていたそうだ、それを聞いてとても驚き、そして身近な人が神楽をやっていたことで「神楽」に親近感が湧いた。

身近な人たちが楽しみ、長い年月大切にしてきた「神楽」。若い世代がひとつのきっかけを生かして神楽に親しみ、関わっていく中で、次代に伝えることもできるのだと思います。

神楽の魅力といえば、人の味が出ることだと思っている。舞う人によってそれぞれの良さが違うところが面白い。人工知能が進歩している今だが、ロボットの神楽に感動しない自信がある。神楽は人間にしかできない大事な日本ならではの伝統芸能といえる。-中略- 歌舞伎のほうが有名だが、神楽ももっと世界に評価されるべきだと思う。

生身の人間が目の前で舞い、演じる神楽の魅力。それは、テレビや映画とも異なります。AIには出せない「味」、そこに「人」が生きています。

中学生の頃、ホームスティを受けたハワイの留学生と神楽を観に行った、あらかじめ英語版の前書きを読み、観覧した留学生は、「言葉は難しくてあまり分からなかったが、ストーリーは分かって、迫力も楽しめた」と言った。言葉は分からなくても日本の素晴らしい伝統文化は伝わると感じた。もっと海外へ広めていくべきだと考えています。

広島ではこの取り組みも進められています。日本文化学科の授業「日本を伝える英語」もこれに一役買えるのではと思っています。

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小学5年生のときだ、自分の住むまちは新興住宅地だが、周辺の山裾に小さな村があり、その村の秋祭りで見た神楽に感動したことをよく覚えている。華やかでダイナミックで、なおかつ繊細な表現も多く盛り込まれていて、舞台から目が話せなくなった。それまで意識したことがなかった演目の独自性や台詞にも目を向けると、舞としてだけでなく、異種の芝居としての神楽も感じられ、いっそう魅力が深まった。特に好きな演目は、「瀧夜叉姫」で、鬼女となった姫と闘う場面の迫力に惹きつけられた。-中略-小5のときに私を強く揺り動かした感動を忘れかけていたが、ビデオを見て、憧憬の念を思い起こした。郷土の歴史や伝統芸能を学び、継承していくことは、先人たちの紡いできた物語を繋いでいくということだ。科学技術の発展によって文化や慣習の同一化が進んでいく現代社会の中で、少しずつ失われ、忘れられていく文化を私たちは守らなければならない。

すさまじい勢いで押し寄せる「同一化の波」、そしてこれも予想以上の早さで進む少子高齢化、このような時代状況の中で、伝統文化を守ること。それはけっしてやさしい営みではありませんが、日本文化学科は、そのために地域に学び、地域とつながることを大切にしたいと考えています。

8月1日~3日までの3日間の日程で行われるオープンセミナーでも、「踊ってみよう田楽! ふれてみよう神楽!-日本の伝統文化-」という講座を開設します。ここでは、安芸太田町の皆様のお力添えで、華やかな早乙女の衣装を身につけ田楽を踊っていただけます。また、神楽の衣装の試着や子ども神楽の上演など豊かなプログラムをご用意しています。まさに地域と大学の連携があってこその学びが体験できます。ぜひご参加ください。

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7月5日の木曜チャペルで、わたしたちは、6編の原爆詩を手話も交えて群読し、わたしたちの願いを伝えました。

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げんしばくだんがおちると
ひるがよるになって
人はおばけになる

当時、小学3年生だった坂本はつみさんの詩は、原爆の恐ろしさをそのまま伝えています。「ひるがよるにな」り、「人はおばけになる」、恐ろしく強大な原子爆弾の破壊力。そのすさまじさが、素朴なことばを通して胸につきささってきます。そして、その破壊が、自然災害ではなく、人が作った兵器によって引き起こされ、何十万人ものかけがえのないいのちが失われたこと、その愚かしさと恐ろしさを、わたしたちは忘れてはならないと思います。

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ

峠三吉さんのこの詩を、わたしたちは、手話と声で表現しました。仲間のひとりがずっと手話に取り組んでいて、それを今回の群読に生かしたいと考えたのです。全員が手話で伝えられるように、何度もビデオを見、練習を重ねました。戦争でいちばんに犠牲になるのは、小さな子どもや年とった人たち、身体に障がいを持つ人たちです。「としよりをかえせ こどもをかえせ」、こう書いた峠さんの気持ちを思いながら、わたしたちはこの詩を手話にしていきました。 また、どのように読むかについても、ずいぶん考えました。最初に聞いた中学生の群読では、声をかぎりに叫び、強い憤りを伝えようとしていました。それに対し、吉永小百合さんの朗読では、抑えた静かな読み方で深い悲しみが表現されていました。 わたしたちは、手話と声による表現であることをふまえ、少しゆっくり、その中に強い声も入れながら群読をしました。

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原爆詩を何度も繰り返し読み、自分の声にしていくなかで、わたしたちは文学の力を感じてきました。文学のことばを通して描き出された状況・情景・人間の姿、それを通して被爆の惨状が、過ぎ去った過去のできことしてではなく、まさに今、目の前にあるものとして立ち上がってきたのです。一瞬にして子どもを奪われ、親を奪われ、美しい広島の街を奪われた人々の悲しみと憤りが迫ってきたのです。 わたしたちは、それを、わたしたちの声と手話で精一杯伝えたいと思いました。

わたしたちは、文学を学び、日本語を学ぶ学生として、ことばの力を信じたいと思います。 ことばを通して、被爆の実相にふれ、戦争の悲惨さと愚かさを理解し、武力や圧力ではなく、ことばを使って、平和な世の中を築くために力を尽くすこと。その大切さを噛みしめながら、原爆で多くの生徒・教職員のいのちが奪われた広島女学院に学ぶ学生として、これからもわたしたちにできることをしていきたいと思います。

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7月4日(水)の放課後、広島県・広島市教員採用試験グループワークに向けての演習を行いました。

国語科教員をめざすメンバーに加えて、英語教員や家庭科教員を志望する学生も加わり、2年生から4年生までの学生17名、教員3名で演習を実施しました。前半の課題は、昨年度の問題、後半の課題は一昨年度の問題です。課題文の配布、入室、試験の実施、退室まで、本番どおりの手順で実施しました。

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入室時の教室は張り詰めた空気に包まれ、本番さながらの緊張感でワークを行うことができました。また、笑顔で演技が求められるパフォーマンス課題にも、精一杯取り組みました。

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批評会でも、活発な意見交換が行われ、それそれぞれが自分の改善すべき点を把握しました。さらに、これを受けて、中等教職課程の教員から助言し、本番に向けてのアドバイスを伝えました。あっという間の充実した90分間でした。教員採用試験を目の前にしていい学び合いができたと思います。これまでの学びの積み重ねに自信を持って、ベストを尽くしてください。みなさんの合格を心よりお祈りしています!

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